夏の日
クモカタメガスっていいよな、、、と部活中に空を見上げる。こうも暑くては、野球どころではなかったのである。
摘果
梨園いっぱいに新緑の葉が広がるこの季節。葉の隙間から梨の子たちが現れてくると「摘果」が始まる。頭上からポンポンと跳ねながら降ってくる沢山の小さな果実たち。拾った実は青く夏っぽい香りがする。父に勿体ないと言うと、鹿のような動物を作ってくれた。
あけび
鮮やかな紫色のケースの中には、ねっちゃりとした不気味な果肉が入っている。父はこの時期になると、梨園の手入れの合間に山林に入り「あけび」をとってくる。ずるりと美味しそうに頬ばる父。恐る恐る口へ運ぶと、うっすら甘いがほぼ味は無く尋常では無い種の量に怯えた。
つむじ風
体育の時間につむじ風が現れた。追いかけて中に入ると風の音がピュウと変わった。あの時もっと高く飛び上がれたら、そのまま飛んで行けたかな?
蚊帳​​​​​​​
こっそりと蛍を放ったこともある蚊帳。異国の吊り天井型ベッドのような艶っぽい佇まいと線香の香り。 梅雨の晩、エキゾチックな雰囲気を堪能しながら眠りについていた。
ザリガニ釣り
学校帰りに上級生グループに同行し近所の池へ向かった。釣スポットに到着すると、手際良く糸を垂らし始める少年たち。僕もザリガニを確かめようと水中を覗き込んだ瞬間、池に引き込まれた。ランドセルがズレて頭からダイブしたのだ。池は想像以上に深く、水は重く冷たい。黄緑色のもやの向こうに黒い影が動くのが見える。踠きながら水を数回飲んだ時、ランドセルごと引き上げられた。助けてくれたのは兄だった。
流星
いじけて家出した。犬を連れ歩いていると橋の上で流れ星を見た。星は山の上でパリンと砕け散り、光の粒を連れて山奥へ降り注いていた。怖くなった僕は、家出を切り上げ小走りで帰った。
竈(かまど)
実家の炊事場にあった竈は、正月餅や祖母がおはぎを作る時などに火を燃べられていた。 釜を乗せ薪を焼べると煙と水蒸気で炊事場は満たされ、雲の中にいるような特別な空間になる。 竈は焚口がふたつある2連式で、白い煙突が天井まで伸びていた。ある春先、煙突の先から鳥が入り込み出られなくなった。 バタバタと羽音はするが、上まで登れずに途中でずり落ちてくる。 意を決した私は、枝切り用のノコギリを持ってくるなり煙突に刃を当て引き始めた。 静かな炊事場でノコギリの音だけが鳴り響いていた。 3割程切り進んだ時「なんばしよっと!」という大声に驚き私は手を止めた。 異音を聞きつけ慌てて駆け込んできた母の声だった。 その瞬間、鳥は煙突の下を通り焚口から灰だらけで飛び出し、大空へ羽ばたいていった。
梨の花​​​​​​​
満開の桜を見上げると思い出す、果樹園の梨の花。新芽を綻ばせながら舞う白い花吹雪は、春の空いっぱいに舞い上がっていた。
土間​​​​​​​
薄暗くひんやりとした玄関土間は、作業場や納屋として使われ、雨の日は子供らの遊び場にもなっていた。上がり段の下は大人が入れる程の穴が掘られ、籾殻とともに芋が貯蔵されている。夏は土間に水を撒いて涼み、冬は石油ストーブで暖を取りながら餅を焼いた。玄関なので客人は勿論、野良猫や燕、様々な虫も入ってくる。来客の際、私は引戸の隣に空いた小さな節穴から客人を確認し、我が家へ迎え入れるのだった。
名も無い木
何という木だったのだろう。 果樹園へ向かう小道を抜けると、川の手前にその木は立っていた。 夏の日には大きな木陰を川辺に落とし、渓流の音と共に優しく揺れ、 トラックの荷台から葉に触れることも出来た。数年後、木は突然伐採された。 川の氾濫時に漂流物にならないように、という対策だった。 それから30年経つが、あの木の面影を今でも感じている。

屋根裏​​​​​​​
我が家の屋根裏は「危ないし汚い」という理由で、大人達からは厳しく立ち入ることを禁止とされていた。人が居ない事を良いことに、野良猫が住み着き、子を産み育てていた。ある日、屋根裏で暮らしていた子猫が誤って炊事場と浴室の壁の隙間に落ちてしまった。壁に耳をあて、居ても立ってもいられなくなった私は、炊事場の壁をバールでこじ開け救出した。目は開いていたが、生まれて間もない子猫。玄関の土間に段ボールを置き牛乳を与えた。家猫として育てようと決めた翌日、学校から帰ると子猫は消えていた。暗闇の異空間へ帰って行ったのだろうか。
祠(ほこら)
山と川に囲まれた故郷の地。小さな祠が小学校の通学路に建っている。子供たちは祠にさしかかると、帽子を脱ぎお辞儀をしながら前を通る。上級生より引き継がれる作法はきっと今でも引き継がれているだろう。
きつね
小学生時代に、幼なじみの友人から聞いた話がずっと記憶に残っている。道路開通のため、山を切り開いた跡にできた小高い崖。ある春先、友人が崖の上に立つ1匹の狐を見つけた。狐は目が合うと瞬く間に去っていったという。「その時さ、尻尾のたくさんあったっさね」と彼は確かに言った。
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